なんだろうと思って思わず目を開けると、赤坂さんが添い寝しているのだ。「………っちょ」「やっぱり、狸寝入りじゃん」そう言っておでこに軽くでこピンされる。赤坂さんは起き上がって椅子に座り直した。「病院、どうしてわかったの?」「お母さんに聞いた」「………そう」「大学でなんかあった?」鋭い質問に驚いてしまう。顔がこわばる私を見て赤坂さんは笑う。「わかりやすいな、久実」「……」「どうしたの?」あまりにも優しい声だったから心が揺れ動く。この苦しい気持ちを聞いてもらいたいって思ってしまった。「彼氏に振られたの」「……お前っ、彼氏いたのか?」私に恋人なんかできないと信じていたような様子だ。失礼だなと思いつつ私は言葉をつないだ。「いっぱい好きって言われて。私も年頃だし付き合ってみたかったの」「なんだ、それ」「でね……デートしたんだけど。心臓病だと言ったら、振られた。そういうことできないだろうって言われて……。詐欺だって言われちゃった」赤坂さんを見ると笑顔が消えて怖い顔をしている。握り拳が作られていて震えていた。「好きじゃなかったから、いいの」「好きでもない奴と付き合ったのか?」「うん。いろいろあったの」「久実はそんな子じゃない」「赤坂さんは私を過大評価しすぎ」笑って見せたけど、赤坂さんは怒りに満ちていて怖かった。「病気を隠していたわけじゃないけど、言いふらされて。腹立って叫んだら倒れちゃった。こんな身体もう嫌だよ」あえて明るく言うけど、赤坂さんは笑わない。「だけど、いい経験になった。……もう、誰のことも好きにならないで生きていく」自分の中で決まった大きな目標だ。赤坂さんへの思いだって消してみせる!「なんでそんな悲しいこと言う?」「えっ?」「たまたまそいつがバカな男だっただけだ」目を合わせていられなくなって窓に目をやった。もう空は真っ暗。赤坂さんの彼女だったら――どれほど、幸せなのだろうか。諦めようって思うのに、赤坂さんは素敵すぎる。思いが膨らんでしまうじゃない。どうしてこんなに素敵な人に、出会ってしまったのだろう。そして、恋心を抱いてしまったのだろうか。こんな甘い感情があるなんて、知りたくもなかった。「赤坂さんの彼女は、幸せだろうねー」また明るい口調で言って赤坂さんを見ると、すごく真剣な表情を
*久実二十二歳 赤坂二十八歳赤坂side二十歳になるまで手を出さないで待とうと決めて、やっと二十歳になった久実。それなのに恋をしないと言い出した。久実を傷つけた男をどれほど憎んだことか。無理やり迫ろうと思ったこともあるが、絶対に俺は久実を手に入れたかったから、久実の心の傷が癒えるまで気長に待つことにした。あれから二年。久実は短大を卒業して就職をした。病気のことも理解してくれる会社に入り、事務職をして頑張っている。俺はCOLORとして相変わらず仕事をさせてもらっていて、お陰様で忙しい毎日を送っていた。そろそろ、限界が来そうで怖い。久実のことが好きすぎて夜な夜な考えてしまうのだ。仕事をしていても気になるし、この気持ちをどうすればいいのかわからなくなっていた。休みがあれば久実を家に呼び出して他愛のない会話をしているのが定番だ。社会人になり、ぐっと大人っぽくなって色気も出てきた。今日は日帰り温泉に二人で行く約束をしている。暑い夏だからこそ風呂に行こうと意味のわからない誘い方をしたが、久実はOKしてくれた。俺に対してはまったく警戒心がないらしい。俺も立派な男なのだが。個室がある宿で昼食と夕食を摂って帰って来るプランだ。そのまま泊まってしまいたいところだが、明日は朝早くから仕事があるから無理。久実も有給を取ることができて、このデートが叶った。俺はデートだと思っているが久実はただの遊びだと思っているだろう。車で待ち合わせの駅まで迎えに行くと、麦わら帽子を被って白いワンピースのスカートをゆらゆらと揺らしながら立っている久実がいた。「…………俺の愛しい女」何度か迫ろうとしたことはあったが、まだ傷は癒えてないらしく強引に迫ることが出来なかった。今日こそはといつも思いながら時だけが流れていく。俺の車に気がついた久実が駆け足で近づいてくる。ドアを開けて乗り込んでくると優しい香りがした。「おはよう」「おはようございます」車を走らせる。ラジオからは軽快な音楽が流れていた。平日の朝から久実と過ごせるのは、とても幸せだ。「仕事どうだ?」「うん、皆さん優しいしいい職場だよ。定期健診で休むこともあるけど快く休ませてくれるし」「そうか。安心した」旅館について早速ランチが用意された。和室で心地よい風が入り込んでくる。緑の揺れる音が
久実side露天風呂付き客室は落ち着きのある場所なのに、赤坂さんと二人きりでいるせいか落ち着きない私。お風呂に浸かりながら外を見ているけれど何も考えられない。二人きりで温泉に来るなんてまずかったかな。私がお風呂から上がって、赤坂さんが入っている間に家に戻ってしまおうか。ガラっと音がして振り向くと全裸の赤坂さんが立っていた。状況が理解できずにポカンと見入ってしまう。締まった身体には筋肉しかついていない。芸術品を見ている気分になった。が、同時に私も見られているのだと理解し慌てて背中を向けた。「なっ、なんなの! 冗談でも笑えないから!」体の傷を見られてしまう。それだけは絶対に嫌だった。お湯が揺れる。赤坂さんが中へ入って来たのだ。私のことを妹のような存在だと思っているから平気でこんなことをしてくるのだ。だから私も平気なふりをして対応する。「覗かないでって言ったのに」「覗いてない」「はあ?」「堂々と見てる」「………なにそれ」「混浴くらいいいだろ」「よ、よくない!」一緒に入るのが嫌なんじゃなくて、どちらかと言うと、胸にある傷を見られたことにショックを受けていた。赤坂さんが付き合ってきた人たちは超美人な人ばかりだろうから、がっかりされたくなかった。心臓がドキドキしすぎて耳まで熱くなってしまう。ぎゅっと後ろから抱きしめられる。素肌が密着していて、頭がおかしくなっちゃいそうだ。「いやっ」「何もしないから」「充分、してる! 離れてって」立ち上がろうとすると、さらに力が込められる。赤坂さんったら、久しく彼女がいないからそんな気分になったの?「なぁ? 傷は癒えた?」困っている私の耳元でつぶやかれる。「は?」「ハタチの時の……失恋の傷」そんなことすっかりと忘れていた。「…………癒えたけど、もう恋愛はしないことにしてるの。お願い、離して」赤坂さんの硬いものが背中に当たってビクッと身体が震えた。赤坂さんはどんな気持ちなのだろうか。なんとなく流れでしてしまって関係が壊れるなんて、嫌だ。「久実……あのな、聞いてほしいことがあるんだけど」「無理。熱くてのぼせちゃう」「…………お前はさ、俺が男だってわかっていて温泉に来たんだよな?」「今、わかった! ごめんなさい。赤坂さんを信じた私は大バカでした」「じゃあ、責任取れ」
*朋代と仕事帰りに会えることになり、近くのカフェで落ち合っていた。先日のことを相談しようか迷ったけれど、心に閉まっておくことができなくて朋代に相談した。「………久実のこと、好きなんじゃないの?」確信ある声に私は一つ頷いた。「そうかもしれないね」赤坂さんの先日の態度で、薄々と気がついてしまった自分がいる。私なんかを好きになるはずがないと思っていたけれど。赤坂さんは本当に優しい人だから、私を励ましている間に情が移ってしまったのかも。「いいじゃない。両想いなんだから」ニヤニヤ笑いながらからかうように言ってくる朋代。本来であればとてもいい報告に聞こえるかもしれないけれど、私の場合は違う。笑って惚気話をしている状況ではないのだ。「実は、検査結果があまりよくなくて……」「え?」カフェラテを一口飲んで真剣な表情で朋代を見つめる。「もしも、付き合って……。私が早く死んじゃったら、可哀想じゃない? あの性格なら一生、他の女と付き合わないとか言いそうだし」明るい口調で言ったけれど、かなり切なかった。きっと赤坂さんは、もしも付き合った彼女が死んでしまったら……。時間があればお墓に来ているだろうと思う。そんな悲しい姿を想像するだけでたまらなく切ない。だからこそ、情が移りすぎないように、もう会わないほうがいいかなと思っている。「ごめん、久実。私、何もわかってなくて」朋代は申し訳無さそうな顔をして、私を見ている。「謝らないで。仮に……彼が私を好きになってくれていたとしたら、幸せだったよ。あんなに凄い人が好いてくれたなんて、生まれてきて良かったと思えるし」「もっとワガママになりなよ。付き合えばもっと幸せな思い出を作れると思う」私は、首を横に振った。「いいの」「久実…………」「生きている間に心から好きだと思える人に出会えたことが、素晴らしい出来事だったから。あの人を思って切なくなって温かい気持ちになって。色んな感情を教えてくれただけでも感謝だよ」「普通のことを、幸せだと……思えることを、教えてくれた久実に私は感謝してる」いつも元気でハキハキしている朋代が目に涙を浮かべていた。
***久実二十四歳 赤坂三十歳 久実side十二月に入り、お父さんとお母さんが神妙な顔で病室にやってきた。嫌な予感がしたけど私は逃げずに話を聞くことにした。「二人そろってどうしたの?」「久実。落ち着いて聞いてほしいことがある」個室だったから、思う存分に話せる。私はだるい身体と戦いながら生きている状態だった。「久実の心臓は……手術をしても、もう……難しい」お父さんが苦しそうに言葉を紡いだ。「………そうなんだ」意外にも冷静に聞けていた。まるで他人事のように。「移植しかない」「…………移植?」「ただ、日本ではドナーが少ないから。できればアメリカに行かせたいと考えている」莫大な費用がかかる。お父さんもお母さんも一生懸命働いてくれていても、到底無理だ。今まで苦労してきただろう。もう、これ以上大変な思いはさせたくない。「いいよ。日本で見つかるまで待つよ」「何を言ってんだ! 父さんも母さんもできるところまで頑張るから、久実も諦めないでほしい」「そうよ。もう、募金活動もしているの。久実は大事な存在なの」二人が真剣に訴えてくれて、心が揺れる。――長生きしたい。移植が成功すれば人並みに生きられる可能性が高くなる。それに、子どもを産んでいる人もいると聞いたことがあった。「いくら……必要なの?」「一億だ」「そんなお金……普通の家族では無理でしょう!」「色んな方の寄付であと七千万あれば」絶望的な気分になった。だけど、私が取り乱すわけにもいかなくて……。黙って目を閉じるしかなかった。
年末年始は病院で過ごし、気がつけば二月になっていた。私は病室でぼんやりとテレビを見ている。二月七日、一日限定でCOLORはバレンタインライブをしたようだ。へぇー……紫藤さん、コンサートでプロポーズしたんだ。公開プロポーズなんてロマンチック。一般人の女性との純粋な恋愛だったと情報番組で伝えていた。どんなに苦しい恋愛だったとしても、二人に未来があるなら希望が持てる。私に……未来なんてない。いつも明るく強がっているけど、本当はものすごく怖い。しばらく入院生活が続いているが赤坂さんには、伝えていない。メールが届いても『忙しい』と言ってごまかしている。身体を起こして手鏡で自分の顔を見ると青白かった。もう、私の命は短いのかもしれない。治療をしてもよくならないし。入院期間はいつもよりも長い。薬も変えてばかりだし。短い人生だったな……。でも、赤坂さんという存在に出会えて、素敵な思い出を作ってもらえて。――幸せだったと思う。赤坂さんがはじめてお見舞いに来てくれた時に、プレゼントしてくれたブランケットを抱きしめる。そうすると、安心するのだ。もしも、叶うなら。長生きをして赤坂さんのおじいちゃんになった姿を見てみたい。きっと、年齢を重ねても素敵なんだろうなぁ……。
赤坂sideしばらく久実は会ってくれない。電話もメールも回数が減ってしまった。俺からは頻繁に連絡を入れるが……返事がない。俺は仕事が順調でジュエリーブランドのプロデュースをしたり、色んなことをさせてもらっている。次の撮影スタジオに向かう車の中で、ふと空を見ると高く澄んでいた。東京に春が訪れていたことにも気がついていなかった。四月になっていて、もうすぐ久実は二十五歳になる。俺は懲りずに久実を思っていて、次に会うチャンスがあれば……しっかりと告白するつもりでいた。どんな結果になっても、俺は久実に自分の気持ちを伝えようと思っている。いつまでもこのままじゃいけないと思うから。仕事が終わり楽屋にいる時、なんとなく嫌な予感がした。――久実は元気で過ごしているのだろうか。冬に届いたメールに――赤坂さんも、きっと幸せになるよ。と書いてあったのだ。ずっと会っていないし本当の状況はわからない。もしかして、入院しているのではないだろうか。久実は俺に嘘をついているかもしれない。スマホに登録されていた久実の母さんの番号を選んだ。十九時。まだかけても迷惑じゃないだろうと思って画面にタッチした。五コール数えたところで通話が開始される。『もしもし』「赤坂です。夜分遅くに申し訳ないです」『赤坂さん。お久しぶりです』「あの……久実さんはお元気ですか?」『えっ?』驚いた声が聞こえてきた。まるで状況を知らないのですか? と言いたそうな声だった。やはり、久実は元気ではないのかもしれない。体に流れている血液が凍っていくように不安で冷たくなった。「あの……。久実さん忙しいみたいで返事があまりなくて。ちょっと心配になってしまいまして」『………そうですか。心配かけたくなかったのでしょうね』「心配?」母親は言いづらそうにしながらも打ち明けてくれた。『ずっと入院しているんです。ドナー待ちなんですが、なかなか日本では順番が回ってこないのです。それなら少しでもチャンスがあるアメリカに行こうと思っていまして。アメリカに行く費用を募金しているところなんです』握り締めていたスマホを落としそうになってしまった。ドナー待ちって。そんなこと、聞いてなかった。「え、あの……久実さんの心臓は……」動揺して声が震えてしまう。『もう、移植しかないんです』「そんな……。
久実の家に着いたのは二十一時を過ぎたところだったが、ご両親は快く中に入れてくれた。L字に配置されたソファーに座って話を聞かせてもらう。移植しないとあと半年くらいしか生きられないことを知った。「子どもであれば比較的募金は集まりやすいのですが……。いや、それでもものすごく大変なんです。久実は、もうすぐ二十五歳になるのでなかなか集まらないのが現実なんです」悲しそうな顔をした父さんの顔を見られないくらい、俺も悲しかった。「あと、どのくらいなんですか?」「七千万です。……もう、無理かもしれません」「お父さん、そんなこと言わないで」母親も涙を浮かべていた。一日も早く移植をしてほしい。ここで俺が出るところじゃないかもしれないが、居ても立ってもいられなかった。「俺が残りを出します」「……そんな大金、返せないです。何年もかかりますし」父さんは慌てている様子だった。俺がそこまで言うとは思わなかったのかもしれない。「事務所の力を借りて募金活動をすればいいかもしれませんが、会議をかけてもらってもやってもらえるかわからないし、時間がかかりすぎます。俺は一日も早くアメリカへ飛んでもらいたいんです」ソファーから立ち上がった俺はゆっくりと床に正座をした。久実を失うと思うと、怖くてたまらない。男のくせに涙があふれて唇が震え出す。「お願いします……。三日で用意するので、久実さんを助けてください」深く頭を下げると、久実の父さんは慌ててソファーから降りてきて、俺の肩をつかんで体を起こした。目が合うと父親も涙を浮かべている。「力ない父親で情けない。少しずつでも返しますので久実を助けてください」「よろしくお願いします」母さんも頭を下げてくれた。「はい。ただ、久実さんには言わないでください。俺が出したと知ったら行かないって言うかもしれないので。気を使いすぎる、いい子だから……」俺は家に帰るとマネージャーに連絡を入れた。「どんな仕事でもやるから、とにかく仕事取ってきてくれ」『え……はぁ。事務所の許可が降りる範囲であれば』「いいから、わかったか?」二日後に俺は金を振り込んだ。久実が助かるなら何だってする。
赤坂side「話って何?」俺は、結婚の許可を取るために、大澤社長と二人で完全個室制の居酒屋に来ていた。大澤社長が不思議そうな表情をして俺のことを見ている。COLORは一定のファンは獲得しているが、大樹が結婚したことで離れてしまった人々もいる。人気商売だから仕方がないことではあるが、俺は一人の人間としてあいつに幸せになってもらいたいと思った。それは俺も黒柳も同じこと。愛する人ができたら結婚したいと思うのは普通のことなのだ。しかし立て続けに言われてしまえば社長は頭を抱えてしまうかもしれない。でもいつまでも逃げてるわけにはいかないので俺は勇気を出して口を開いた。「……結婚したいと思っているんだ」「え?」「もう……今すぐにでも結婚したい」唐突に言うと大澤社長は困ったような表情をした。ビールを一口呑んで気持ちを落ち着かせているようにも見える。「大樹が結婚したばかりなのよ。全員が結婚してしまったらアイドルなんて続けていけないと思う」「わかってる」だからといっていつまでも久実を待たせておくわけにはいかないのだ。俺たちの仕事は応援してくれるファンがいて成り立つものであるけれど、何を差し置いても一人の女性を愛していきたいと思ってしまった。「解散したとするじゃない? そうしたらあなたたちはどうやって食べていくの? 好きな女性を守るためには仕事をしていかなきゃいけないのよ」「……」社長の言う通りだ。かなりの貯金はあるが、仕事は続けていかなければならない。俺に仕事がなければ久実の両親も心配するだろう。
司会は事務所のアナウンス部所属の方のようだ。明るい声で話し方が柔らかいいい感じの司会だ。美羽さんと紫藤さんがゆっくりと入場してきた。真っ白なふわふわのレースのウエディングドレスを着た美羽さんはとても可愛らしい。髪の毛も綺麗に結われていて、頭には小さなティアラが乗っかっている。二人は本当に幸せそうに輝いている笑顔を浮かべていた。きっと過去に辛いことがあって乗り越えてきたから今はこうしてあるのだろう。二人が新郎新婦の席に到着すると、紫藤さんが挨拶をした。「皆さんお集まりくださりありがとうございます。本当に仲のいい人しか呼んでいません。気軽な気持ちで食事をして行ってください」結婚パーティーではプロのアーティストだったり、芸人さんがお笑いネタをやってくれたりととても面白かった。自由時間になると、美羽さんが近づいてきてくれる。「久実ちゃん、今日は来てくれてありがとう」「ウエディングドレスとても似合っています」「ありがとう。また今度ゆっくり遊びに来てね」「はい! お腹大事にしてください」「ええ、ありがとう」美羽さんのお腹の赤ちゃんは順調に育っているようだ。早く赤ちゃんが生まれてくるといいなと願っている。美羽さんと紫藤さんは辛い思いをたくさんしてきたらしいので、心から幸せになってほしいと思っていた。アルコールを楽しんでいる赤坂さんに目を向ける。事務所が私との結婚を許してくれたらいいな。でも、たくさんファンがいるだろうから、悲しませてしまわないだろうかと考えてしまう。落ち込んでしまうけど、希望を捨ててはいけない。必ず大好きな人と幸せになりたいと心から願っている。そして今まで支えてくれたファンの方たちにも何か恩返しができればと思っていた。私が直接何かをすることはできないけれど陰ながら応援していきたい。
◆今日は美羽さんと、紫藤さんの結婚パーティーだ。レストランを借り切って親しい人だけを選んでパーティーをするらしく、そこに私を呼んでくれたのだ。ほとんど会ったことがないのにいつも優しくしてくれる美羽さん。忙しいのにメッセージを送るといつも暖かく返事をしてくれる。そんな彼女の大切な日に呼んでもらえたのが嬉しくてたまらなかった。私は薄い水色のドレスを着てレストランへと向かった。会場に到着して席に座ると、私の隣に赤坂さんが座った。「おう」「……こ、こんにちは」「なんでそんなに他人行儀なの?」ムッとした表情をされる。赤坂さんと結婚の約束をしたなんて信じられなくて、今でも夢かと思ってしまう。「なんだか……私たちも婚約しているなんて信じられなくて」「残念ながら本当だ」「残念なんかじゃないよ。すごく嬉しい」赤坂さんはにっこりと笑ってくれた。そしてテーブルの下で手をぎゅっと握ってくれる。誰かに見られたらどうしようと思いながらドキドキしつつも嬉しくて泣きそうだった。「少し待たせてしまうかもしれないけど俺たちももう少しだから頑張ろうな」「うん」大好きな気持ちが胸の中でどんどんと膨らんでいく。こんなに好きになっても大丈夫なのだろうか。小さな声で会話をしていると会場が暗くなった。そしてバイオリンの音楽が響いた。『新郎新婦の入場です』
「病弱でいつまで生きられるかわからなくて。私たち夫婦のかけがえのない娘だった。その娘を真剣に愛してくれる男性に出会えたのだから、光栄なことはだと思うわ」お母さんの言葉をお父さんは噛みしめるように聞いていた。そして座り直して真っ直ぐ赤坂さんを見つめた。「赤坂さん。うちの娘を幸せにしてやってください」私のためにお父さんが頭を深く深く下げてくれた。赤坂さんも背筋を正して頭を下げる。「わかりました。絶対に幸せにします」結婚を認めてくれたことが嬉しくて、私は耐えきれなくて涙があふれてくる。赤坂さんがそっとハンカチを手渡してくれた。「これから事務所の許可を得ます。その後に結婚ということになるので、今すぐには難しいかもしれませんが、見守ってくだされば幸いです」赤坂さんはこれから大変になっていく。私も同じ気持ちで彼を支えていかなければ。「わかりました。何かと大変だと思いますが私たちはあなたたちを応援します」お母さんがはっきりした口調で言ってくれた。「ありがとうございます」「さ、お茶でも飲んでゆっくりしててください。今日はお仕事ないんですか?」「はい」私も赤坂さんも安心して心から笑顔になることができた。家族になるために頑張ろう。
「突然押しかけてしまって本当に申し訳ありません」赤坂さんが頭を下げると、お父さんは不機嫌そうに腕を組んだ。赤坂さんは私の命を救ってくれた本当の恩人だ。お父さんもそれはわかっているけれど、どうしても芸能人との結婚は許せないのだろう。赤坂さんが私のことを本気で愛してくれているのは、伝わってきている。私の隣で緊張しておかしくなってしまいそうな雰囲気が伝わってきた。「お父さん、お母さん」真剣な声音で赤坂さんはお父さんとお母さんのことを呼ぶ。お父さんとお母さんは赤坂さんのことを真剣に見つめる。「お父さん、お母さん。お嬢さんと結婚させてください」はっきりとした口調で言う姿が凛々しくてかっこいい。まるでドラマのワンシーンを見ているかのようだった。「お願い、赤坂さんと結婚させて」「芸能人と結婚したって大変な思いをするに決まっている。今は一時的に感情が盛り上がっているだけだ」部屋の空気が悪くなると、お母さんがそっと口を開いた。「そうかしら。赤坂さんはずっと久実のことを支えてくれていたわ。こんなにも長い間一緒にいてくれる人っていない。芸能人という特別な立場なのに、本当に愛してくれているのだと感じるの。だから……お母さんは結婚に賛成したい」お母さんの言葉にお父さんはハッとしている。私と赤坂さんも驚いて目を丸くした。お母さんはお父さんの背中をそっと撫でる。「あなたが久実のことを本当に大事に思っているのは一番わかるわ。可愛くて仕方がないのよね」「……あぁ」父親の心が伝わり泣きそうになる。
慌ててインターホンの画面を覗くと、宅急便だった。はぁ、びっくりさせないでほしい。ほっとしているが、残念な感情が込み上げてくる。どこかで赤坂さんに来てほしいという気持ちもあるのかもしれない。ちょっとだけ、寂しいなと思ってしまう。私は赤坂さんと結婚するのは夢のまた夢なのだろうか。お母さんが言っていたように二番目に好きな人と結婚しろと言われても、二番目に好きな人なんてできないと思う。ぼんやりと考えているとふたたびチャイムが鳴った。お母さんがインターホンのモニターを覗くと固まっている。その様子からして私は今度こそ本当に本当なのではないかと思った。「……あなた。赤坂さんがいらしたんだけど」「なんだって」部屋の空気が一気に変わった。私は一気に緊張してしまい、唇が乾いていく。赤坂さんが本当に日曜日に襲撃してくるなんて思ってもいなかった。冗談だと思っていたのに、来てくれるなんてそれだけ本気で考えてくれているのかもしれない。「久実、お父さんとお母さんのことを騙そうとしていたのか」「違うの。赤坂さんお部屋に入れてあげて。パパラッチに撮られたら大変なことになってしまうから」お父さんとお母さんは仕方がないと言った表情をすると、オートロックを解除した。数分後赤坂さんが部屋の中に入ってくる。今日はスーツを着ていつもと雰囲気が違っている。手土産なんか持ってきちゃったりして、芸能人という感じがしない。松葉杖を使わなくても歩けるようになったようだ。テーブルを挟んでお父さんとお母さん向かい側に私と赤坂さんが並んで座った。
家に戻り、落ち着いたところで携帯を見るが久実からの連絡はない。もしかしたら、両親に会える許可が取れたかと期待をしていたが、そう簡単にはいかなさそうだ。久実を大事に育ててきたからこそ、認めたくない気持ちもわかる。俺は安定しない仕事だし。でも、俺も諦められたい。絶対に久実と結婚したい。日曜日、怖くて不安だったが挨拶に行こうと決意を深くしたのだった。久実side日曜日になった。朝から、赤坂さんが来ないかと内心ドキドキしている。今日に限って、お父さんもお母さんも家にいるのだ。万が一来たらどうしよう。いや、まさか来ないよね。……いやいや、赤坂さんならありえる。私は顔は冷静だが心の中は忙しなかった。もし来たら修羅場になりそう。想像すると恐ろしくなって両親を出かけさせようと考える。お父さんは新聞を広げてくつろいでいる。「お父さん、どこか、行かないの?」「なんでだ」「い、いや、別に……アハハハ」笑ってごまかすが、怪しまれている。大丈夫だよね。赤坂さんが来るはずない。忙しそうだし、いつものジョークだろう。でも、ちゃんとお父さんに会ってもらわないと。赤坂さんと、ずっと、一緒にいたい。ランチを終えて食器を台所に片付けに行くと、チャイムが鳴った。も、もしかして。本当に来ちゃったの?
久実を愛しすぎて、彼女のウエディングドレス姿ばかり、想像する日々だ。世界一似合うと思う。純白もいいし、カラードレスも作りたい。もちろん結婚がゴールではないし結婚後の生活が大事になってくる。つらいことも楽しいことも人生には色々あると思うが彼女となら絶対に乗り越えて行ける自信があった。ただ……俺も黒柳も結婚をすると、COLORは解散する運命かもしれない。三人とも既婚者のアイドルなんてありえないよな。大事なCOLORだ。ずっと三人でやってきた。大樹だけ結婚をして幸せに過ごしているなんて不公平だと思う。あいつが辛い思いをしてきて今があるというのは十分に理解しているから、祝福はしているが、俺だって愛する人と幸せになりたい。グループの中で一人だけが結婚するというのはどうしても腑に落ちなかった。だから近いうちに事務所の社長には結婚したいということを伝えるつもりでいる。でもそうなるとやっぱり解散という文字が頭の中を支配していた。解散をしても、俺は久実を養う責任がある。仕事がなくなってしまったら俺は久実を守り抜くことができるのだろうか。不安もあるが、久実がそばにいてくれたら、どんな困難も乗り越えられると信じていたし、絶対に守っていくという決意もしている。
赤坂side音楽番組の収録を終えた。楽屋に戻ると、大樹は美羽さんに連絡をしている。「終わったよ。これから帰るから。体調はどうだ?」堂々と好きな人とやり取りできるのが、羨ましい。俺は、久美の親に結婚を反対されているっつーのに。腹立つ。会うことすら許してもらえない。大きなため息が出てしまう。私服に着替えながらも、久実のことを考える。久実を幸せにできる男は、俺だけだ。というか、どんなことがあっても離さない。俺は久美がいないと……もう、生きていけない。心から愛している。どんな若くて綺麗なアイドルなんかよりも、世界一、久実が好きだ。どうして、久実のご両親はこんなにも反対するのか。俺に大切な娘を預けるのは心もとないのだろうか。なんとしても、久実との交際や結婚を認めてほしい。一生、久実と生きていきたいと思っている。俺のこの真剣な気持ちが伝わればいいのに……。日曜日に実家まで押しかけるつもりでいた。 強制的に動かなければいけない時期に差し掛かってきている。 苛立ちを流し込むように、ペットボトルの水を一気飲みした。「ご機嫌斜め?」黒柳が顔を覗き込んでくる。「別に!」「スマイルだよ。笑わないと福は訪れないよ」「わかってる」クスクス笑って、黒柳は楽屋を出て行く。俺も帰ろう。「お疲れ」楽屋を出てエレベーターに乗る。セキュリティを超えて ドアを出るとタクシーで帰る。一人の女性をこんなにも愛してしまうなんて予想していなかった。自分の人生の物の見方や思考を変えてくれたのは、間違いなく久実だ。きっと彼女に出会っていなければ、ろくでもない人生を送っていたに違いない。